諭吉さんは吠えるのが下手で「ワン」と鳴けないんだそうです。それがまた、可笑しくて、かわいいのだそうです。僕が玄関先で初めてお会いしたときにも吠えられることはなかったので、その声を聞いたことはありませんが、音痴な諭吉さんを想像するととても可笑しかったです。
町内放送で鳴り響く夕方のチャイムにつられて窓へと視線を移すと、外の景色は昼間のままなので、熱気が伝わってくるようです。鳴り響く「夕焼け小焼け」は、時間も季節も、まだまだ早いように感じます。メロディーにあわせて歌詞を思い浮かべてみると「ゆうやけ、こやけで、ひがくれて」までは歌うことができて、その後しばらく歌詞がわからなくなってしまい、最後の「からすといっしょにかえりましょ」というところで、また歌うことができるなとぼんやりしていたら、いつかのどこかのありふれた風景を思い出しました。
夕方のチャイムに呼応して遠吠えする犬の鳴き声がどこからか聞こえてきて、その見えない犬を想像しているところです。定まらない空を見上げて立ち尽くしている自分の姿を上空から見下ろしているような風景。「かえりましょ」と音楽が消えてからの余韻が、犬の遠吠えとともに自分のいるエリアに満ちている風景。そんな中に自分が立っていて、その余韻と一緒に閉じ込められた風景のことを思い出しました。
見えない犬は、最初は同じ方角から同じ鳴き声でも、別の方角から別の声色が参加してくることもあって、大きい犬なのか小さい犬なのかが鳴き声から想像できたし、きれいな声や音痴な声もあったように思います。
書き手/カメラマン 杵嶋 宏樹
1979年神奈川県出身。2000年「東京工芸大学 芸術学部写真学科」入学、2004年卒業。「広川事務所」に就職し、写真家・広川泰士氏のアシスタントを務める。29歳に独立し、ラジオ番組のスチールや雑誌など関東を中心に活動。2023年12月に波佐見町へ移住。
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