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移住者が伝える、波佐見への移住

耕作放棄地をリジェネラティブ農業で再生
イギリスから移住したふたりの一歩

“陶農の里”と称されることも多い波佐見町。陶磁器を生産する“陶”のイメージが強いかもしれませんが、実は豊かな自然を生かした“農”も盛んです。しかし、知名度の高いブランド野菜があるわけではないため、あまり認知されていないのが現状。後継者不足や耕作放棄地も課題となっています。

  今回インタビューしたのは、「カレンスコ農園」を営むピーターさんと奈緒子さん。2024年に空き家と農地を購入し、リジェネラティブ農業(*1)という、まだ日本では聞きなれない農法に取り組んでいます。

*1…日本では環境再生型農業とも呼ばれる。土壌の生態系を修復・改善しながら作物を育て、自然環境の回復に繋げることを目指す。

ロンドンのシェアハウスで出会ったふたり
安心して子育てのできる場所を求めて日本へ

ポーランド生まれのピーターさん。祖父が農業を営んでおり、ピーターさん自身もポーランドで2年間、農業を学びました。その後、ロンドンに渡り、レストランのマネジメントや健康食に関わる仕事などに約20年間従事。ピーターさんにとって、食と農業は常に身近にありました。

一方、奈緒子さんは長崎県佐世保市出身。世界を旅する客船の専属カメラマンとして務めた後、ロンドンに留学。カメラマンやホテルのセラピストとして働きながら、約15年間ロンドンで暮らしました。

  ふたりが出会ったのはロンドンのシェアハウス。2011年に結婚し、2021年に第一子を出産しました。
「コロナ禍の都市封鎖や、移民問題で治安が悪くなったりと、ロンドンで子育てをするのは難しいかなと思うようになりました」と奈緒子さん。ピーターさんのふるさとであるポーランドに移住し、北西部にあるカレンスコで農業をスタートさせました。
「ポーランドでも子育てに関して不安に思うことがあって、日本への移住を検討しました。ポーランドで農業を始めていたので、日本でも農地のついた物件をネットなどで情報収集しました」

  候補地は、奈緒子さんの出身地である佐世保市周辺。「佐世保のような大きな港町に絶大な信頼をおいているというのもあるんですが、ピーターが外国人なので珍しさから注目されないところがいいなという思いもありました」と奈緒子さんは話します。

左)家屋はピーターさんが住み込みながら少しずつ準備している 右)木々に囲まれた養鶏スペース

築130年の古民家と荒れた農地
まずは薮を切り開き、整えていくことから

佐世保市に住まいを借り、物件探しを本格的に始めたピーターさんと奈緒子さん。出先から佐世保市に帰る途中、たまたま通った波佐見町に良い印象を持ったと言います。
「フィーリング。自然が豊かなこと、カフェやパン屋など個人経営のお店が多いことも良いなと思いました。このような場所を見つけられてラッキー」とピーターさん。

  2024年8月、波佐見町にある空き家と農地を購入。ポーランドのカレンスコで農業をスタートさせたことに由来し、「カレンスコ農園」と名付けました。念願の農地を手にしたふたりでしたが、長く放置されていたこの場所を再生させるのは簡単ではありませんでした。

「敷地全体が木々に囲まれた林のような状態でした。全部農地にするつもりだったので、薮のような所を切り開いていると“あれ?下がコンクリートだよ”ってなって 笑。不動産会社や近所の人に聞いてみると、もともと養鶏をしていたということが分かりました」
思わぬ誤算でしたが、臨機応変に方向転換。もともと動物を飼うことも検討していたため、先人に倣って鶏を飼育することにしました。

アメリカでリジェネラティブ農業を実践する、ジョエル・サラティンやグレッグ・ジュディの書籍がピータさんの参考書。たくさんの付箋やアンダーラインに真面目な人柄が滲む

人は循環を促すマネージャーのような役割
必要以上に手を出さない

リジェネラティブ農業とは、土壌や自然環境を“再生(リジェネレート)”させながら行う農業のことで、環境への負荷を減らすだけでなく、農業によって土地や生態系をより良い状態に回復させることを目的としています。

「土を豊かにすると、作物がよく育つ。私たちはマネージャーのような役割で、自然に起こる循環を促すのが仕事」 とピーターさん。広い敷地を片付けながら、現在はビーツや豆類、ホースラディッシュなどの野菜や果樹、鶏やヤギなどを育てています。

「最初の夏、果樹の新芽が全部コガネムシに食べられて木がボロボロになったことがありました。大事な苗だったのでがっかりしていたんですが、ピーターが“これはきっと植物が葉っぱを食べて欲しいんだよ。これに耐えられる強い果樹が必要なんだから、余計なことはしないでね。株の周りに枯葉と木の枝を置こうね”と 笑。もうこの苗はダメかもなと思っていたんですが、夏真っ盛りに新しい芽をつけだして驚きました」と奈緒子さん。
自然本来の力を信じ、サポート役に徹することを決意しました。

「リジェネラティブ農業にも様々なケースがありますが、自分たちはここを果樹園にしたいと思っています。果樹の下に豆などの野菜、土を作るのは鶏や虫などの生き物です。ゆくゆくは牛を飼って放牧したいという目標もあります」

現在は鶏を90羽ほど平飼いで飼育。鶏が虫や草を食べることで、土壌が豊かになり、野菜や果樹の化学肥料や農薬の使用を減らすことができるそう。
「農薬や化学肥料に関しては、減らす事または使わないことを目標にしていますが、そこに力を入れているわけではありません。土壌を豊かにする、生態系を多様化させる、土が水分を保持できるようにする、炭素を土の中に取り込むことなどによって、栄養価の高い作物を適正な価格で生産することを目標にしています」と奈緒子さん。
農薬や化学肥料の使用を控えることが、安心して食べられる食物をつくるだけでなく、価格を抑えることにも繋がるというわけです。

左)チャボや烏骨鶏、アローカナなど様々な品種の鶏から生まれた卵。生産性を高めるビタミン剤に頼らず、生産者の見える餌や草、充分な運動で健康的な鶏を飼育している 右)東ヨーロッパ原産のホースラディッシュは、ポーランド料理に欠かせない食材。今後生産を増やしたい野菜のひとつ

地域の人と交わる良いコミュニティを作り
情報をシェアできる場所に

農園を始める際、近所に挨拶回りをして、今では農作物の交換などのコミュニケーションも楽しんでいる奈緒子さん。最近は、町内で開催されている朝飯会(ちょうはんかい*2)にも参加したそう。

「農園が忙しくて、ここを訪れる人や近所の皆さんとしか関わりがなかったので参加しました。イギリスや海外にいたことが、誰かの役に立てるといいなと思って。朝6時から始まるのもびっくりなんですが、その日は11時30分くらいまで 笑。農業をやっていると話をしたら、“じゃあ、⚪︎⚪︎さんと話したら良かよ!”と繋いでくれたり、とても温かく迎えてもらいました」

農園としての準備が始まったばかりですが、将来的には古民家を改修してみんなでお茶ができるようなコミュニティの場にできたらと考えているふたり。
「得意なことを持ち寄ってワークショップをしたり、情報をシェアしたり。ピーターはソーセージを作るのが得意なので、ソーセージや卵などのお料理も出せるといいかもしれません」とやりたいことが次々と出てきます。

ふたりが育てた卵や野菜は、「カレンスコ農園」の取り組みに共鳴した人からすでに関心を寄せられ、SNSなどを通じて少しずつ販売をスタートしています。リジェネラティブ農業や「カレンスコ農園」に興味を持った方は、ぜひInstagramnoteを覗いてみてください。

*2…「NPO法人 グリーンクラフトツーリズム研究会」が主催。毎月第1土曜日の朝6時半、波佐見町西の原で開催されている。一緒に朝食を食べながら、各々持ち寄った話題をざっくばらんに話し、参加者同士で意見や感想を交換する場。

左)近所の人からいただいた猪は、ピーターさんが捌いて自家製のソーセージに。ハーブやスパイスがふんだんに入ったポーランドの味 右)ビタミン剤を与えていないので、黄身が自然な色で臭みがない

循環・多様性・自然環境の回復…
もしかしたら難しいことではないのかも

日本では聞きなれないリジェネラティブ農業ですが、ふたりが暮らしていたイギリスでは、“リジェネラティブ農業で育てた”を魅力に掲げた商品があるなど、すでに注目を集めていたそうです。

土壌の健康回復と環境再生を目的とした“環境再生型農業”。言葉だけを取り上げると、とても崇高で難しいことのように感じるかもしれません。でも、「カレンスコ農園」でのふたりの取り組みを見ていると、昔人々が当たり前にやっていた暮らしに近いのではないかな?と感じることが多くありました。そして何より、それを実践するふたりがとても楽しそうなことに心を掴まれました。

波佐見町で芽吹いた、新しい農園。もしかしたら、町の農業のイメージを変える大きな一歩になるかもしれません。

取材・文章/福田奈都美
写真/山田聖也
※取材日/令和7年11月