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移住者が伝える、波佐見への移住

東京から家族4人で移住
自然のなかで子育てを

移住を考えるタイミングは様々。そのなかでも、“子育て”は大きなきっかけとなっているようです。「子どもが小学校に入学する前に移住先を決めたかった」と話すのは、『古民家民泊 oniwa(おにわ)』を営む河内夫妻。東京から移住しての開業や子育てを聞きました。

長崎・福岡を中心に
2年かけての移住先探し

生まれも育ちも東京都。夫の拓馬さんは東京で建築会社を経営、妻の友紀乃さんはアパレル会社でテキスタイルデザイナーとして活躍していました。「友達のことなどを考えると、長男の小学校入学までに移住先を決めたいと考えていた」と話す拓馬さん。ふたりを動かしたのは、「自然のなかで子育てをしたい」という共通の思いでした。
拓馬さんのルーツが長崎と熊本にあったことから、九州での移住先探しを開始。2年ほどかけて、長崎や福岡に足を運び移住先を検討します。「人気の糸島にも行ってみました。すごく魅力的な所だったんですけど、ちょっと私たちにはキラキラしすぎてるなって思って 笑」。
最後の候補地のなかで決め手となったのは、地域おこし協力隊の募集でした。2018年3月、6歳と4歳の子どもを連れ家族4人で波佐見町へ移住。拓馬さんは4月から地域おこし協力隊としての活動をスタートします。協力隊の活動は、空き家調査やプレイパーク(子どもたちが自由な発想で遊び、遊び場を作り上げる場所)など建築士としてのキャリアを生かせるものを中心に行いました。

築65年の古民家に出会い
民泊をすることを決意

協力隊としての活動が2年目に入った年、築65年の古民家に出合います。「持ち主の方が空き家の相談に来られたのがきっかけ。でも正直、その方は空き家バンクに登録するかも悩んでいました。思い入れのある家だから、自分が譲っても良いと思える人にしか渡せないと…」その時を思い返します。
古民家が建つのは、重要文化的景観に指定されている「鬼木の棚田」の広がる鬼木郷。見晴らしの良い広大な敷地と荒れ始めていた日本家屋を見て「これはめちゃくちゃ大変だけど、化けるぞ」と思ったそうです。その場で「僕なら売ってもらえますか?」と直談判。「お前ならよか」という一言で、空き家改修がスタートしました。

左)1000坪の敷地に建つ「古民家民泊 oniwa」 右)囲炉裏と暖炉がある寛ぎの空間

2年かけてセルフリノベーション
建物の歴史と思いを大切に

協力隊の任期は最長3年。協力隊として活動しながら、退任後の仕事も考えなければいけませんでした。実は宿泊施設をしようというアイデアが生まれたのは、この古民家との出会いがきっかけだそう。購入から丸2年をかけてリノベーション。同級生の大工さんに手伝ってもらいながらも、約80%は自分たちの手でおこないました。「こだわったのは、国産材しか使わないこと。この家が近くの里山の木を使って建てられていたので、そこは大事にしたかった」と拓馬さん。2021年12月に『古民家民泊 oniwa』をオープンしました。

土間づくりの広い調理場には、ご飯を炊くかまども

勉強よりも大切なこと
たくましく育った子どもたち

移住して7年が経ち、子どもたちはすっかり波佐見弁を使いこなす波佐見っ子に。「勉強はもちろん大切だけど、それ以外の大切なことがあると思っていて」と友紀乃さん。子どもたちはのびのび育っていると感じるそう。「特に娘なんかは、たくましくなったと感じます。ヤギと戯れたり、柿やアケビとか庭の果物を採って食べたり」。教育の面では、都会のようにはいかない部分もあるそうですが、長男はリモートワークでプログラミングを学ぶなど興味に合わせて対応しています。「最初、息子は寂しいと言うこともあったけど、今は東京に帰りたいかと聞いたら“たまに行ければいい”と 笑。 町の人も温かいし、波佐見に移住してよかったなと思っています」と波佐見での子育てを教えてくれました。

ただ“田舎暮らしがしたい”じゃなくて
そこで何がしたいかが大事

「スローライフ、田舎暮らしだけじゃ暮らしていけない現実もある。なんでもいいから、何かやりたいことがあるといい」と友紀乃さん。自身も、民泊とは別に服飾作家としての一面も持ち、個人での関わりも広げています。「とりあえず、3年間は民泊を全力やろうと決めていた」と拓馬さん。3年が経った今、新しい構想もいくつかあるそう。「宿泊のお客さんに出していた“ヤンニョム酢”が好評で、売ってほしいという声があって。それで商品化の準備をしています。あとは…朝食を出せるようなお店もやりたいなと」。移住して7年、子育てをしながらの民泊開業。今では、「oniwaに泊まるために波佐見に来た」という観光客の声も聞かれるようになりました。わずか3年で旅の目的地になった『古民家民泊 oniwa』。これからの展開と新しい構想にも目が離せません。

取材・文章/福田奈都美
写真/山田聖也
※取材日/令和6年4月