“日常に違和感を”
器の町で食品サンプルをつくる
以前の食品サンプルのイメージといえば、喫茶店やレストランなどのショーケースに飾られているあれでした。見ることはあっても、触ったり買うことはできないもの。しかし、今の“食品サンプル”のイメージはちょっと変わってきています。有名なところでいえば、東京かっぱ橋道具街にある食品サンプル店。そこは、自宅用やお土産用として買い求める観光客の姿で賑わっています。
食品サンプルの製造を生業とする会社や職人は珍しく、長崎県では2軒のみ。全国でも会社は40社程度、個人を合わせても100程度と言われているそうです。2017年に佐世保市から移住した「食品サンプルの日本美術」の野田祐輔さんも、その珍しい職を生業とするひとりです。
子どもの頃から身近にあったものづくり
お父さんから受け継いだ技術をもとに
食品サンプルづくりの師匠はお父さんの勝利さん。勝利さんは熊本で修行をした後に独立、佐世保市の自宅で食品サンプルの製造販売をしていました。「子どものころから当たり前にありすぎて、自分もやってみたいと思ったことはなかったんです。プラモデルは好きだったんですけど」という。高校卒業後に福岡に出てフリーターをした後、佐世保の実家に戻ってきたという野田さん。「家にいるんなら仕事を手伝え」 という勝利さんの言葉をきっかけに、なりゆきで食品サンプルづくりを手伝うようになります。20歳の時でした。
「最初はおもしろいって感じじゃなかったですね。う〜ん、なんだろう?仕事って感じですね」と食品サンプルづくりを始めたころを思い出してくれました。そのころの食品サンプルといえば、レストランなどに展示される業者向けの商品がメイン。依頼されたものをもくもくとこなす日々だったといいます。
波佐見焼の元生地工房をリノベーション
古い建物にアンティーク家具を組み合わせて
2017年、野田さんに転機が訪れます。二代目として家業を継ぎ、新しい拠点を探している時に「波佐見空き工房バンク」を通じて波佐見焼の元生地工房に出会います。「自宅では作業場だけだったので、これからはギャラリーなど一般の方にも来てもらえるような場所も併設したいと思っていました」と野田さん。サイズ感と昔ながらの木枠の窓などレトロなパーツが気に入ってこの物件に決めました。とはいえ、長く倉庫として使われていたこの物件を改修するのには大変な苦労と費用がかかりました。
「自分でDIYできるとこはやりましたが、水回りや土間をモルタル敷きにするなど業者さんにお願いするところもたくさんありました。費用はだいたい300万くらいかかったと思います。でも、波佐見町の補助金を使用して自費は100万円くらいだったかな」。新しくは作れない懐かしい雰囲気や家賃の安さなど空き家を活用するメリットもたくさんありますが、それなりの覚悟が必要でした。
波佐見に拠点を移して5年
気持ちの変化とコロナ禍での仕事
波佐見に拠点を移し、5年が経ちました。この5年のうちに、野田さんの仕事も少しずつ変わってきたといいます。食品サンプルづくりの仕事が楽しいと感じるようになったのは、波佐見に来てからだという野田さん。「今までは業者向けの仕事がほとんどでしたが、一般の方向けの商品も増えました。例えば、アクセサリーやスマホスタンドなどの雑貨類、ミニパフェづくりなどのワークショップも開催しています。あと、窯元さんが器のディスプレイに使う食品サンプルを買いに来たりと、器を作る町ならではの需要もありました」。
コロナ禍は、食品サンプルの業界にも影を落としました。大きな飲食店チェーンが閉店したりと、想像していなかった影響があったといいます。そこで野田さんは、一般向けやワークショップにも一層力を入れるようになりました。なかでも、ワークショップは子ども連れの家族に人気。2021年に新しく始めた「ミニチュアワンプレート」は、直径約6cmの小さな丸皿に、おかずやおにぎり、野菜、デザートなど好きなパーツを盛り付けていきます。注目したいのが、パーツを盛り付けるお皿。これは、実際に波佐見の窯元で作られている商品のミニチュア版。裏にはそれぞれの窯元のQRコードがついており、気に入ったものは実際のお皿を買い求めることもできます。
波佐見での暮らしと
食品サンプルへの思い
波佐見での暮らしはというと、「田舎といっても特に不便なことはないし、町の人も温かく迎え入れてくれました。大変なことは、古い家だから隙間があるので、夏は暑くと冬は寒いことくらいかな…。でも、次第に慣れました。私が住んでいるエリアは嬉野や武雄に近いので、買い物や温泉にもよく行きます。実家のある佐世保より、そっちのほうが行ってるかも 笑」と野田さん。近所の付き合いや、お客さんとしてきてくれた人、イベントなどでもたくさんの知り合いができました。秋には知り合いのお店での個展を計画しているそうです。
食品サンプルは、日本で生まれた日本ならではの文化。自分らしく変化させながら、このユニークな文化を次に繋げていけたらと、これからのビジョンを話してくれた野田さん。器の町に根付いた食品サンプルの小さな光が、波佐見で輝いていました。