
“これが日々になるといいな”
ふるさとに少し似た陶磁器の産地で
願った場所への移住を叶えるには、普段以上の行動力が必要。
特に、縁(ゆかり)も人脈もない土地であればなおさらです。
今回お話しを聞いたのは、確かな目でひとつずつ選び取りながら、まっすぐな思いで波佐見町に移住した安倍美里(あべみさと)さん。
未経験から波佐見焼の窯元に就職した安倍さんが、どのように今の暮らしに辿り着いたのかをご紹介します。
セレクトショップの販売員から転職
趣味の陶芸を仕事にしたい
生まれは静岡県。アパレルやセレクトショップの販売員など、様々な経験を重ねてきました。静岡での暮らしに不満はありませんでしたが、ある時、これからを思う気持ちに小さな変化が現れたと言います。
「18歳から地元の陶芸教室に通っていたんですが、いつからか“これが日々になるといいな”と思うようになりました。それで、子どもが中学生くらいになったころかな。“この先どうしよう”と考えた時、そう思っていたことを思い出して」
30年以上陶芸教室に通っていたとはいえ、やきものの仕事は未経験。目指すは陶芸家ではなく、生産の現場でした。
「求人をネットで調べてみると、未経験でもOKと募集されているのは波佐見くらいでした。そこで、まずは波佐見に行ってみようと」
波佐見焼は知っていたものの、産地には行ったことがなかった安倍さん。高校生になっていた息子を「旅行に行こう」と誘い、初めて波佐見町を訪れました。2023年10月のことでした。
最初に訪ねたのは、SNSで従業員紹介などを積極的に発信していた「株式会社 高山」。波佐見町への移住を決めたその一日を振り返ります。
「工場見学をして、高山の広報やアドバイザーをされている方々と色々お話しをしました。移住を検討している話をしたら、工場見学の後に町案内までしていただいて、ランチも一緒に食べました。“観光”と言われてついてきていた息子は、私たちの話を聞きながら不思議そうにしていましたけど 笑」
波佐見町の景色が生まれ育った町に似ていると感じた安倍さん。人の良さにも触れ、波佐見町への移住を決意します。


直接足を運んでの仕事探し
カバンの中には履歴書を潜ませて
そうとなれば本格的に仕事探し。東京で開催されていた移住相談会に参加し、波佐見町のブースや「産業雇用安定センター(*1)」で仕事や暮らしの相談をしました。
「産業雇用安定センター」を通じて、求人や「波佐見陶磁器工業協同組合」を紹介してもらい、実際に波佐見町に足を運んだ安倍さん。
「面接の予定が一社できたので、それに合わせてほかの窯元も検討できたらいいなと工業組合に相談をしました。普段、こういう案内をしているのかは分からないですが、5社の窯元を見せていただきました」
この滞在で訪ねた一社が、現在勤めている「藍染窯(あいぜんかま)」でした。
「藍染窯は事前に調べていて“いいな”と思っていたので、工場見学の予約をしていました。ですが、仕事を探しているというのは言ってなかったので、私が工業組合の方を連れ立って来たときは驚かれていたようでした 笑」
事情を話したところ、“それであれば”と仕事の内容などを詳しく説明してくれ、社長の樋渡さんとも直接話をすることに。
「“実は、履歴書も持ってきているんです”とその場で渡しました。私はここで働きたいという気持ちになっていたので、帰りに“どうですか?”と聞いたら、“大丈夫よ”とお返事をいただいて。本当に!?という心配もあったので、静岡に帰ってからもう一度、電話で確認しましたけど 笑。先日伺った者ですけどいかがでしょうか?って」
2025年4月、初めて波佐見町を訪れた日から2年も経たないうちの決断でした。
*1…企業間の人材マッチング(再就職・出向)を無料で行う、厚生労働省関連の公益財団法人
内定から約4ヶ月で移住
初めて尽くしの窯元の仕事
勤務を初めて1年弱。今は、生地出し・銘打ち・釉掛け・窯業務・一部出荷系など様々な業務に携わっている安倍さん。一連の作業に関わることで、全体を見ることも出来てきたと言います。
「ほかの窯元は“絵付けさん、釉がけさん”みたいな感じで、ひとつの工程を専任することが多いようですが、藍染窯はみんなが色々な作業をするので、そこも安心できるなと思っています。まだ私に何が向いているかが分からないというのもありますし、色んなことをやると見えてくるというのも感じています。“釉がけするのに、この作業って大事だよね”とかに気づいたり」
2026年2月に発表された、新シリーズにも携わりました。
「途中からの参加だったんですが、社長から“月曜の夕方、会議するから入って”と声をかけてもらって。ありがたいですよね。パッケージやシリーズ名など、メンバーでアイデアを出しながら作っていきました」
前職での経験や真面目な働きぶりが評価され、徐々に信頼を寄せられている安倍さん。同じく未経験から働き始めた同僚も多く、穏やかな職場に助けられていると話します。
「私、銘打ち(*2)がまだ得意じゃなくて、苦戦することがあります。うまく打てなくて泣きたくなることもあるんですよ。でも、みんな“まだやってんの!?替わるよ”とか言わないで待ってくれるのがありがたいですね。コツを教えてくれたり、一緒に考えてくれたり、温かい環境です」
*2…器の底(高台)などに窯元名やブランド名を刻印する作業


日々を積み重ねて
知識や経験を高めていきたい
「何をやっても楽しい」と笑顔を見せる安倍さん。今後は、日々を積み重ねて知識や経験を高めていきたいと続けます。
「今、見えていない世界がみえてくるんだろうなと思います。色々な課題も聞くので、これからどうなっていくのかな」
安倍さんが「藍染窯」を選んだ理由のひとつに、「藍染窯」の考えに共感したというものがありました。ホームページには、このような言葉が綴ってあります。
“Good Life”
それは、豊かな食生活、自分らしい人生。
日々のちょっとした気持ちの余裕は、周りにも良い影響をもたらす。
「ありがとう」「幸せ」「嬉しい」
もしも毎日が、そんな前向きな言葉に溢れていたら
どんなに豊かだろう。
藍染窯ホームページより引用
インタビューのなか、安倍さんからは「楽しくって」「ありがたいんです」と前向きな言葉が何度も聞かれました。たくさんの選択肢の中から、波佐見町を見つけ、「藍染窯」を選んだ安倍さん。
きっとこれからも、自分らしい選択をしながら、“楽しい方向へ”進んで行くんだろうと感じました。
400年の歴史が育んだ
初心者も受け入れる器の大きさ
個人の陶芸家や家族で営む窯元もありますが、日常食器としての波佐見焼を支えるのは大量生産ができる工場です。そこで働く人たちは、学校で学んだりどこかで修行をした人ばかりではありません。
大きな窯元の絵付け場で働くある女性は、高校卒業から絵付け場に入り今は60代だそう。“職人?そんなの恥ずかしか!”と笑いますが、その手際や眼差しは職人そのもの。
波佐見焼を支えるのは、そういった名もなき職人さんたちなのです。
“初心者歓迎”
その言葉が旗となり、安倍さんは波佐見町に辿り着きました。
もしも「やきものづくりを仕事にしたいけど、経験も知識もないから無理だろう」と諦めている人がいるのなら、一度波佐見焼の現場を見に来てください。あなたに合った、新しい携わり方が見つかるかもしれません。



